市役所と格闘家と私
戦っている人の姿がどうしても見たかった。
倒れても倒れても立ち上がる人を応援したかった。
夏の終わりの昼下がり。
露店と人でごった返す市役所前の広場を上から眺めた。
ブラスバンドの音が聞こえた。
本当にこんなところでやってるんかいな。
と思いながら階段を降りると、特設会場の上に立つ彼を見つけた。
本当にこんなところでやっている。
リングの上の彼は私に気付いたような気もするし、私の方を見ながら私のことに全く気付いていない気もした。
気付いてほしくない気もしたし、気付いてほしい気もした。
日曜日の昼に中年の女がひとり、プロレス観戦なんて恥ずかしい気がしたからだ。
隣に小学生くらいの男の子とお父さんが立っていたので、家族のようなふりをして並んでみていた。
炎天下、日傘もさせず1時間ほどの立ち見だった。
立っているだけなのに汗が止まらなく、背中や足に汗がつたった。
プロレスは思っていたよりずっと、おもしろかった。
彼の出番は最後だったから、最初は仕方なく見ていたがすぐに夢中になった。
最初は小競り合いで、それから場外でお客さんのそばで暴れて、最後に真剣勝負で決める、という筋書きがしっかりしていて、なるほどな、と感心した。
キャラクター設定もきちんとしている。
ただの格闘技と思っていたけど、かなりよくできたショーだった。
吉本新喜劇みたい。
彼以外の人の試合を見ていたとき、ふと遠くに彼の姿を見つけた。
彼もこちらを見ているように思えた。
手を振ってみようか、という気になったが手は振らなかった。
バカみたいに青い空をバックに彼の日に焼けた体がくっきりと浮かび上がっていた。
彼の姿がなくなるまで私はその様子を見ていた。
彼は、すっかりプロレスラーだった。
屋外だったから、アスファルトもリングも熱くて、地面に転がされるたびに「あつっ」と言っているのが、鶴太郎のおでんを連想させておもしろかった。
場外は私のすぐそばでやってくれて、
ああ、これが私のことが好きでやってくれていることだったらどんなにステキだろう、とありもしないシチュエーションに思いをはせた。
私は夢中で見ていて、それはもう、周りが見えないくらいだった。
だから知り合いが隣に立っていたときは大変驚いた。
彼は、ずっと隣にいたと言っていた。
私、なにかおかしなことを口走っていなかったかしら。
彼への気持ちがわかるような行動をとっていなかったかしら、と少しひやひやした。
知り合いの彼はそのことについては何も言っていなかったからたぶんセーフだ。
試合後、彼に話したいことがたくさんあった。
のどがカラカラだった。
おもしろいと思ったところ、気に入った選手のこと、アスファルトを転がった背中のこと、ビンタされた頬のこと。
たくさんあったけど、彼はたくさんの人に囲まれて忙しそうで近づけなかった。
ひとりで行くことに抵抗があったけれど思い切って行ってよかった。
がんばっている彼の姿は、きっと私の力になると思った。