6年前ぶりに彼と飲んだ話

彼のことを元カレと表現できたらいいのだが(私にとって)残念なことに彼は私の元カレではない。
贔屓目に見て私は、彼の元セフレだ。
イヤ、セフレですらなかったかもしれない。
彼と寝たのは1、2回、イヤ3回?まあいずれにせよそのくらいだったから。
彼に金銭をめぐんでいたわけでもないから、都合のいい女だったとも言いがたい。
とにかく私は彼が好きだったけれど少なくとも彼は私が思うほど私のことを好きではなくて、要は、フラれた。
彼にフラれてから5年間、私はシングルマザーとして働いて、禁煙をして、幸運なことに再婚した。
彼とは毎週のように顔を合わせたけど私から話をしなかったし、彼からも私に話しかけることはなかった。
私は再婚した夫が好きだったし、彼への気持ちは忘れてしまった。
夫が家を出ていって、話し相手が欲しくなった私は5年振りに彼に声をかけた。
さみしかったのかな?私
さみしかったんだろうな。うん。
夫が家を出てから、夫に生活費の催促をして、調停を起こして、ようやく生活費を確保した。
それまで、夫に対する怒りとか恨みとか、夫がすっかり変わってしまったことへの驚きや悲しみととまどい、生きていかれないんじゃないかという不安で私の心は騒がしかった。
調停が終わって一段落して、ほんのすこし心に余裕ができて、気がつくと私は猛烈に話し相手を欲していた。
できればくだらないことばかりしゃべりたい。
そんなことだから私は彼以外の人ともたくさんしゃべった。
人見知りの私としては珍しいことだ。
でも彼と話すのが一番楽しかった。
夏がくるころには5年前のことなんてすっかり忘れて、私は彼と打ち解けて話せるようになった。
またこうやって笑って話せることは喜ばしいことだ。
少なくとも夫と結婚していたら私は彼と再び話すことはなかったと思う。
時間があるときにだけ話して、笑って、それだけでよかったし、それ以上のことは望んでいなかった。
彼への気持ちがどうこうではなく、「いまさら」感が強かった。
いまさらプライベートで会ってどうするの?
いまさら私たちの間に建設的な何かを作り出すことは無意味なように思えた。
それに私を振った彼が、私と個人的に会いたいと思うとは思えない。
そんなことを思う時点でさっきの5年前のことなんてすっかり忘れたという記述がウソみたいに見えてくるのだけど。

夏の終わりに彼の勇姿を見に行って、それからなんとなく彼の様子が変わった。
夏から秋に変わるみたいに。
たぶん、彼も私と打ち解けて話せるようになったのだと思う。
私はだんだん彼のことを考えることが多くなった。
夫との生活を思い出して泣いたり、今後の生活のことを考えて泣いたりする時間が減ったぶん彼のことを考えていた。
何を考えていたのだろう。
今となってはよく思い出せないけれど、ただただ彼のことを「思っていた」。
秋になって彼から連絡がきた。
5年ぶりのライン。
彼からラインがきたとき、私はちょうど、本当にちょうど、彼のことを思っていたから驚いた。
すぐに既読にしてがっついてると思われたらイヤだから、読むのを我慢した。
なにかの勧誘だろうか?
なんか売りつけられる?
飲みに誘われたらどうしよう?
なんて私の心はシッチャカメッチャカで仕事も手に付かない。
結局30分くらい我慢するのが限界で、「30分経ったしがっついてると思われないよね?」と自分に謎の言い訳をしてラインを見た。
宗教の勧誘ではなかったし、何も売りつけられなかったし、飲みにも誘われていなかった。
他愛のないことでがっかりしなくはなかったけれど、でも私たちにとって、私にとってすごい進歩だった。
いつでも彼に連絡できるという安心感。
twitter感覚でつぶやくつもりだった。
そこには何の約束もないし、何の義務もない。何の気持ちもこもっていない。
私のためにも彼のためにも、個人的な連絡には気楽さが必要だと思った。
今のところ、私はこれで満足だった。
いつでもつぶやける個人的なツールができたこと。
一緒に飲みに行くのは、あと3年後、離婚裁判が終わって、息子が高校を卒業して一人暮らしをして、私がこの土地にいる必要がなくなって実家に帰るときでいい、なんて勝手に思っていた。
それから一度、彼から飲みに誘われた。
当日の夜に「今から飲みませんか」ってやつ。
本命の女には絶対言わないやつ。
都合のいい女にしか言わないやつだ。
お誘いは嬉しかったが、私はやっぱりまたセフレなんだと思うと寂しい気がした。
ちょうどそのとき私は家で仕事をしていたし、子どもにも何も言っていないし、準備もできないから断った。
準備?
心の準備だ。きっと。
今度こそきちんとセフレとして付き合う心の準備。
または友達として付き合うための心の準備。
決心がつかなかった。
楽しく話して飲めと言われれば飲めるし、割り切って関係を持つこともできる。
1回だけなら。
私は正解を求めた。
もう、私の人生から彼がいなくなるのはイヤだということ以外にはなにも答えが出なかった。
この答えが案外あっさり出てきたことに私は驚いた。
そうか。私、彼がいなくなるのがイヤなのか、と。
セフレになれないことはわかっている。
でも友達として接するにはあまりにも。
あまりにもなんだというのか?
そうこうしているうちに、ある日突然彼の態度がそっけなくなってしまった。
細く開けられて光さえ差していた扉がパタンと音を立てて閉じられてしまった。
理由はわからない。
彼の態度がそっけないと感じるのは私の自意識過剰かもしれないから、ラインで聞くこともためらわれた。
私の周りは急速に色を失った。
もともとなかった縁なのだ。なにをそんなに落ち込む必要がある?
自分に言い聞かせたけど、私は落ち込んだ。
1週間考えて、彼がそっけなくなったのは私が結婚していることを知ったからではないかと考えるようになった。
それなら現状を説明すればいい。
私が結婚しているのは誤解だし(誤解じゃないけど)彼のことだから話せばわかってくれると思った。
それから私は彼に連絡をするタイミングを見計らっていた。
だけど、タイミングがわからない。
それに、このまましばらく放っておいたらまた元に戻るかもしれない。
いまここで下手に連絡をしたら、またプツリと縁が切れてしまうかもしれない。
縁が切れてしまうのは怖い。
でも、縁が切れるのがこわいからってこのまま放っておいたところで、本当に元に戻るだろうか、元に戻るのは何年後だろう?
また何年も無駄に過ごす?
それはいけない。
そんなことをしていたら私は50歳になってしまう。
しかし最初の一歩が踏み出せなかった。
税金を差し押さえられて今月はどうやって暮らそうかとさんざん泣いたあと、ヤケくそになった私は彼に連絡をした。
ええーい、断るんだったら断りやがれ!どうせ飲みに行く金もないしな!って。
で、私の葛藤って何だったの?ってくらい彼はあっさり承諾してくれて、私たちは6年振りに飲むことになった。
あー、飲みに行った話ってタイトルなのに飲みにいくまでのことをこんなに書いてしまった。
たかが飲みに行くだけのことなのに、どんだけあいつのこと好きやねん。
ってわけで、飲みに行った話はまた後日に書きます。